この規模での量的緩和とその巻き戻しはこれまで行われたことがないーダイモンの警告

 3月のCPI(消費者物価指数)発表を受けて、ローレンス・サマーズ元米財務長官は、米金融当局の次の動きは利下げではなく、利上げであるリスクを真剣に検討する必要があるとの認識を示した。

 4月11日のブルームバーグの記事「FRB次の動き、利上げとなる可能性を真剣に考えるべき-サマーズ氏」によると、ブルームバーグテレビジョンに出演したサマーズは、「次の政策金利の動きが下向きではなく、上向きになる可能性を真剣に考えるべきだ」と指摘。その確率は15~25%のレンジとの見方を示した。「現在の状況を踏まえると、6月利下げは米金融当局が2021年夏に犯した過ちに匹敵するほど危険で重大な誤りと思われる」と発言した。

 別の視点からインフレについて市場に警告を発したもう一人の大物がいる。JPモルガン・チェースのCEOジェイミー・ダイモンである。ダイモン氏は4月8日に公開した株主への「年次報告書」の中で、持続的なインフレ圧力に対する懸念が続いており、利子率の急騰やその他のビジネスリスクを管理するために、さまざまな結果を考慮すべきであると述べた。

 現在、多くの主要な経済指標は良好であり、改善する可能性もある。しかし、将来を見通す際には、将来を左右する条件を考慮する必要がある。

 例えば、持続的なインフレ圧力が多く見られ、これが今後も続く可能性が高いとしている。彼は投資家たちがこれらの地政学的リスクに対してあまりにも安心しているように見えると警告している。以下、簡約したもの一部抜粋してご紹介しよう。

 地政学的および経済的な力は予測困難なタイムテーブルを持っており、数ヶ月または数年にわたって展開する可能性があり、1年の予測にはほとんど適用できない。また、これらの要因は予測困難な相互作用を持っている。

 たとえば、地政学的な状況が世界経済にほとんど影響を与えない可能性もあるし、それが決定的な要因となる可能性もある。

 以下のすべての要因がインフレーションを引き起こす可能性がある

  • 継続的な財政支出、世界の再軍備
  • グローバルトレードの再構築
  • 新しいグリーン経済に対する資本需要
  • 将来のエネルギーコストの上昇(現在はガスの過剰供給と石油の豊富な余剰能力があるにもかかわらず)、エネルギーインフラへの必要な投資不足の可能性

 過去において、財政赤字はインフレーションと密接に関連しているようには見えなかった。1970年代から1980年代初頭にかけて、「銃とバター」、つまりベトナム戦争に部分的に起因する財政赤字と貨幣供給の増加がインフレーションを引き起こし、それが10%を超えるインフレーションをもたらした。

 今日の赤字はさらに大きく、不況の結果ではなく好況時に生じている。しかも、金融危機以前にはなかった量的緩和によってもたらされている。量的緩和は、貨幣供給を増やす手法の一つだ(効果を相殺する多くの要因があるが)。私はほとんどの人よりも量的緩和についてより懸念しており、その巻き戻しについても同様だ。この規模での巻き戻しはこれまで行われたことがない。

 株式の価値は多くの指標で見る限り、評価範囲の上限にあり、クレジットスプレッドも非常に狭くなっている。これらの市場は緩やかな成長とインフレーションと金利の低下を伴うソフトランディングの可能性を70%から80%程度で価格に織り込んでいるようだ。私はその確率がはるかに低いと考えている。

 経済的には、最悪のシナリオはスタグフレーションであり、これは高い金利だけでなく、より高い信用損失、低いビジネスボリューム、そしてより困難な市場を伴うことになる。

 覚えておいて欲しい、金利が2ポイント上昇するだけで、ほとんどの金融資産の価値が実質的に20%減少する。そして、特にオフィス不動産のような特定の不動産資産は、景気後退や高い空室率の影響により、さらに価値が下がる可能性がある。

 したがって、われわれは非常に幅広い金利レンジ、つまり2%から8%以上までの幅広い金利レンジに備えている。また、これに伴う経済的結果も同様に幅広く、それは、強い経済成長と穏やかなインフレ(この場合、金利の上昇は資本への需要の増加によるものだ)から、景気後退とインフレ(つまり、スタグフレーション)までだ。経済的には、最悪のシナリオはスタグフレーションであり、これは高い金利だけでなく、より高い信用損失、低いビジネスボリューム、そしてより困難な市場を伴うことになる。

 悲惨な出来事が起こると、我々は世界経済に与える影響を過大評価しがちだ。しかし、最近の出来事は、第二次世界大戦以来の何よりも大きなリスクを生み出している可能性がある。我々はこれを軽視すべきではない。

(出所:ジェイミー・ダイモン 株主への「年次報告書」)

 2008年のリーマン危機で「金融資本主義」が崩壊した後は、国家管理相場という中央銀行バブルをつくることでバブルは延命してきたが、それは米欧日がQE(量的緩和)によって資金を注入し続けたからである。今、金融緩和を続けている国は日本以外に存在しない。

 FRBはコロナ禍を背景としたリセッション局面が終息した後も2年近くにわたって超緩和政策を続けた。このMMTがインフレを生んだのだ。

 MMTは政府が自国通貨建ての借金をいくら増やしても財政は破綻せず、インフレもコントロールできるとする理論である。米金融当局は米国経済をソフトランディングできると自信を見せているが、インフレは一度加速し始めると、沈静化させるのが非常に難しい。

この青写真が続くなら、市場は再び衝撃に見舞われるだろう。

出所:Game of Trades

 インフレに対処するために非伝統的な政策を段階的に廃止し、政策金利を引き上げれば、大規模な債務危機と深刻な不況を引き起こすリスクがある。しかし、緩い金融政策を維持すれば、2桁台のインフレに陥り、次の負の供給ショックが発生したときに深いスタグフレーションに陥るリスクも高い。インフレについて過小評価している投資家は一段の波乱に直面するかもしれない。

 FRBが市場に介入し金融市場の信用の流れを維持する政策(モラルハザード)に打って出たとき、われわれの経済に何が起こったのか、そして今日の市場は典型的なバブルとどう違うのだろうか? 現在の相場は「バブル」というよりも「国家管理相場」である。

 米国は直接的に(量的緩和やゼロ金利政策)また間接的に(著しくずさんな経済統計の発表や時間軸政策の導入など)大規模な介入を実施してきた。架空の価格体系を維持するためだ。いま、それがインフレによって崩壊する危機に直面している。

 ドラッケンミラーは、「インフレが猛威を振るい、中央銀行が利上げ、脱グローバリゼーションが定着し、ウクライナでの戦争が長引く中、世界的な景気後退の可能性は過去数十年で最も高いと考えている」という。1982年に始まった金融資産の強気相場を振り返ってみると、そのブームを生み出した〈全ての要因〉は止まっただけでなく、逆転したのである。

 歴史的大局観から言えば、金融資本主義、そして、紙(ペーパー・マネー)の時代は終わった。私たちの生活を支えるには、金融よりも、モノの方がはるかに重要であることが分かったからである。今後、BRICSプラスの台頭により、世界の国々で「金融」への関心が薄れ、「モノ」への関心が高まっていくことが予想される。